aotateru

この町がいつのまにか自分の場所になってきている。わたしと、ちょっと風変わりな整体師の夫と、わたしたちのところに降りてきた、とてもとても元気なこどもとの暮らし。どんどん流れていく日々を、風景を、ちょっと待った、と切り取ってここに大切に取っておこう。整体のこと、グルテンフリーのこと、子どもといっしょに見えてくる風景のことなどなど。

ゆめものがたり。

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これはゆめものがたり。
というのは、夫のことば。

南米を夫と旅していた時、
どうしてわざわざこんなところまで来たんだ?
といろんな国の人たちに聞かれた。

整体の研究と、
わたしたちの過去生のルーツをたどる旅です、
と説明すると、

興味を持つ人と、
過去生や生まれ変わりは信じない、
 という人がいた。

むしろ、信じない人のほうが多かった。

日本人はたぶん、
自然に生まれ変わりを意識している人が
多い気がするけれど、
欧米の人たちはそうじゃない人も多いのか、
と思ったのを覚えている。

先日。
子どもを丸一日、
夫に預けた日の夜。

夫がちょっと楽しそうに話しはじめた。

あのね、
俺とway(子どもの愛称)は、
兄弟だったことがあるみたい。

ぼくの守り神様が、北上して海へ行きなさい、
っていうから、行ったんだよ。

今日、遊んでいたその海辺は、
室町時代のころ、
僕たちが、
船で立ち寄った場所だったみたい。

スペインからの船で、
スペインの医者だった僕たちは、
皇族のひとたちの治療をするために、
来たんだって。

20年間日本にいたんだけど、
外国人を追い出す運動が大きくなってきて、
スペインへ帰って、
結婚して、
それなりに幸せな人生だったみたい。

俺が、厳格な兄で、
wayは、繊細な弟で。
ずいぶん仲が良かったんだって。

いろんな過去生でのつながりがあるうちの
たぶん、ひとつなんだけど。

急に映像が見えてきたんだよね。

 へぇ!
 そして、なんとわたしも少し出てきた。

 わたしは、
 地位はあるけれど、
 それゆえに自由のない身の女性だったそうで。

 わたしも、彼らの治療を受けていたんだそう。

スペインの地図上のある場所と、
地名が聞こえてきたから、
調べたら、本当だった!

日本の歴史を調べても、
そういう記録があるみたい。

おもしろいなー。
なんか、肩の力が抜けた。
父親としてこうあるべき、
っていうのがどこかにあったけど、
兄弟感覚でいいんだ、と思ってさ。

だって。

その話を聞いて、
もちろん私も、おもしろーい、と思い、
兄弟でもいいけど、
今は今。
ちゃんと保護者でもあってね、と思い、
やっぱりねー、とも思った。

だって。
どうみても兄弟だし。
第一子、第二子、って感じ。

子育ての大変さやコツを、
わたしは、子どもがお腹に来る前に、
夫から経験で学んだ、と本気で思っている。

もちろんもちろん。
彼氏として、
夫として、
整体師として、
お父さんとして、
尊敬してるから、感謝してるから、愛してるから
一緒にいるわけなんですが。

それと。

その話を聞いた次の日。
なぜか突然、
わたしの肩の力まで、すぅーっと抜けた。

それはなんていうか、
ホントに音がするみたいな抜け方で、
あれれれれ・・・。
って感じだった。

ハッとした、というか。

わたしは、
過去生のいろんなことに、
ものすごく興味があった時期もあったけど、
今はそうでもなく。

むしろ。
どっちでもいいじゃん、もうそんなの。
結局今を大事に生きてれば。
くらいに思っていた。

楽しいのとか、おもしろいのとかは、
聞いてて楽しいから好きなんだけど。

ハッとしたというのは。

わたし、
きっと、
ものすごく不自由だったんだ、
というのを、
なんだかものすごくリアルに感じられたこと。

そして。
わたしが今、
この世で一番苦手なのは、
たぶん・・・不自由なことだ。

状況や環境、体の調子とか、常識などなど
いろいろ含めて。

自分の思い通りにならないことや、
納得できないやり方に合わせることが、
ものすごくものすごくストレスで、
そうとうわがままだぞ、これは、
ということが、
年月を重ねるごとに、
嫌というほどわかってきてた。

制限や型や枠があっても、
そこに理由があって、
ことわりがあって、
そのことが腑に落ちれば、
むしろ大好きなんだけど。

その過去のころは、きっと、
食べるものにも、着るものにも、
なんにも困っていなかったんだろう。

でも。
きっと、
好きなときに
好きなところへ行ったり、
会いたい人と会ったりすることが、
思うようにできなかった人生だったんだ。

お金があって、
きれいな服を着てても、
自由じゃないことが
すごく苦しかったんだろうなぁ。

だからかー。

今。
お金はたくさんないけれど、
いちおう生活はしてるし、
そういえば、今、すごく自由なんだった。
日々いろいろあっても、
ようやく自由になったんだった。

そこまでかー、というほど
自由な人と結婚してしまったし。

すぐに買えないものもあるけど、
だいたいは、
好きなものを食べて、
(いいものだけは食べてるぞ)
好きな服を着て、
ふらりと車でどこへでも行けるし、
好きなところに住んで、
好きな友人に会って、
好きな時に少々家出もできて、
旅行までしてる。

きっとこれからもそうだ。

お金がいっぱいあって、
しかもめちゃくちゃ自由!
っていうのもやっぱいいよなー、
と、
よだれが出そうになることもあるんだけど。

一番の条件が、
お金があることじゃなくて、

自由で楽しくて元気に生きられること、
だったんだー。

そういうことが、
頭ではかなりわかってたつもりだったけど、

あの瞬間に、
幕がはらりと落ちたように、
ちょっと景色が変わってしまった。

こんなことがあるんだなぁ。

それと同時に、
心の凝り固まったところが、
ふわぁっと溶けた。

そこが固まって冷たくなっていたことに、
やーっと、気づいた。

なんだったんだー、
っていうくらいすごく楽になった。
まあ、他にいろんなことがあるけど、
少なくともその部分は。

こんういうのは、
夫の治療法のひとつでもある。
それも、整体以外のなにものでもないという夫。

必ず、体と合わせてみていく。

それが治療上必要な場合か、
それを受け入れられる体の器が整ってから、
ということらしいんだけど。

思いがけず、
わたしに効いてしまった。

体は、時間がないなりにも、
ちょくちょく見てもらっている。
そして、
長いスランプから抜けた感のある、今、
ようやくその話を聞いて、
なにかがスコン!と
ハマっちゃったってことなのかなぁ。

まあ、わたしのことだから、
これからも、
なんだかんだ、
お金、どっかから降ってこないかなー、
なんて、
思ったりすることもあるんだろうけど。

ゆめものがたり、ですから。
どうか、からかわないでくださいませ。

*

写真は、
宮崎オーガニックフェスで、
素敵なティピーの前で、
米粉のから揚げを食べる小さい人。

最初は人の多さに戸惑っていたけど、
だんだん乗ってきて満喫。

わたしも、たぶん子どもも、
もうちょっとだけ遊びたいな、
と思っていたら・・・
子どもの後をついていた
お父さんが池に落ちた!

わたしが気づいたのは、
笑って池をツンツンしている子どもの近くで、
全身、池に浸かり、
大の字になっていたシーン。

もちろんびしょぬれ。
この真冬に。
もちろんあわてて引き揚げました。

帰りの車は、
全裸にポンチョと帽子で、
震えながら、
家まで頑張って運転してくれましたよ。

仲のいい兄弟です。