aotateru

この町がいつのまにか自分の場所になってきている。わたしと、ちょっと風変わりな整体師の夫と、わたしたちのところに降りてきた、とてもとても元気なこどもとの暮らし。どんどん流れていく日々を、風景を、ちょっと待った、と切り取ってここに大切に取っておこう。整体のこと、グルテンフリーのこと、子どもといっしょに見えてくる風景のことなどなど。

はじめに。

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aotateru 。

もう何年前のことだったか。
宮古島をレンタカーでドライブ中。
真っ青な海と、真っ青な空の中へ

車ごと飛んでいきそうな景色の中。

あなたって、aotateru megumi なんだね。
と、友人がわたしのなまえのことをそう表現してくれた。
それ以来なのか、
それまでもなのか、
自分の名前がますます好きになった気がする。
子どものような夫と、
怪獣のような、プーさんのような子どもと一緒に、
ジェットコースターのような日々。
立ち止まるひまなんてなくても、
いろどりいっぱいの日々であれたらな、と思う。

ハンコをもらいに。

覚えておきたくてmemo。

 

子どもの幼稚園に提出する書類に、

近所の民生委員さんにハンコをもらわないといけない。

 

夫に。「いま、お家にいらっしゃるそうだから、

    ハンコもらいに行ってきてくれる?」

 

子どもに。「いっしょに行っといでよ。くださーい、って。」

 

行くー!

とその気になったようだけれど。

なぜか台所へ。

ん?

こっちだよ、お父さんのところに行って!

ほらほら!

 

それでも、台所でなにやらしている。

食器棚からなにかを探しているらしい。

そして。

気に入ったお椀を手に取って、父のところへ・・・

 

私 ???

  なんでそんなの持ってんの?どこ行くの?

 

夫 ???

 

あ!!!

分かった! 

「あんこ」をもらいに行くつもりなんだー!

 

さっき、お父さんがおやつにあんこを食べてたもんね。

残りを全部食べちゃって、なくなっちゃったんだもんね。

 

私「あんこはもらえないんじゃないかなー。」

 

夫「そうだなー。もらえんよなー。
  いや!

  それは大人の思い込みかもしれない。

  ハンコも、あんこも、もらえるかもしれないじゃないか。」

 

と、子どもはお椀を片手に、二人で出かけて行った。

 

しばらくして。

 

帰ってきた二人。

 

あんこはもらえなかったみたいだけど、

お椀の中には、みかんと、飴がひとつ。

 

ハンコもちゃんともらえました。

 

よかったねー。

あー、子どもの発想って癒されるー。

 

 

お母さんを食べちゃったら。

うちの、怪獣3歳。

興奮すると噛みついてくる。

 

運転中に、私の手を取って、

噛みついてきたから、

もー!

 

「お母さんのこと食べちゃうの? 

 お母さんを食べちゃったら、

 お母さんは、

 あなたの、ホッペタになって、

 うんちになって、

 おシッコになって、

 オナラになって、

 お母さんは、もういなくなっちゃうんだよ!」

 

と言ったら・・・

 

ちょっと笑ったけど、

急に表情を変えて、

泣きだした!

 

お母さんいなくなったら、

と思って、泣いてくれるんだー。

 

って、ちょっと嬉しかった。

脅してごめんよ。

 

あれからちょっと、噛まなくなったかな。

どうかな。

つたえる。

スーパー戸村のレジに、
キレイな色白のお姉さんがいる。
 
若くて、清楚で、
ひな人形みたいにしっとりした感じで、
いつも落ち着いて、
淡々としていて、表情をぜんぜん変えない。
 
でも、お釣りを渡すときの手の感じが、
なんか好きで、
空いていればそこに並んでしまう。
(ストーカーではありません。)
 
それが、この間、
ちょうどいいキッカケを見つけた。
 
レジのところにかけてあった、
かわいらしい、
フェルト生地のクリスマスリース
 
あれ?これ手作りじゃない?
と思った。
すごく良くできていて、
ずいぶんかわいいから、
何度も見てみたけど、
縫い目の感じが、やっぱり手作りっぽい。
 
小さな町ではあるけれど、
そこに、4つも5つもある大きなスーパー。
 
そこに、手作りのクリスマスリースか。
なんかいいな、
うーん、すごくいいな!って思った。
 
これは、今しかない!
 
自分の品物のピッピッピが終わったとき、
思い切って、話しかけてみた。
 
「これって、手作りですか?」
 
「そうなんですよ。
 ほら、あの人が作ったんです。
 かわいいですよねー。(ニコッ!)」
 
笑ったー!
 
はじめて笑ったところを見て、
なんでか知らないけど、すごーくホッとした。
 
こんなふうに、
なんだかんだ話しかけちゃうのって、
おばちゃんになってしまった証拠だろーか、と、
思わなくもないけど、
そこは、考えないことにして。
 
あー、なんか、よかったなー。
 
ここのところ。
 
いいな、と思うことこそ、
ちゃんと伝えたいな、と思う。
 
文句とか、苦情っていのは、
そのときに沸き起こった感情に任せて、
伝えてしまうことがあるけど、
 
うれしかった、とか、
なんかよかった、とか、
そういうことのほうが
届けられることが少ないんじゃないかな。
 
家の中でもそう。
 
あれをしてくれなかった・・・、
こうしてほしかったんだけど・・・、
ってことよりも、
そこを、
まあまあ、と流して流して流して。
 
それそれ!
そういうのうれしい!
あれ、やっといてくれて、ありがとね。
 
って、
できるだけ、いちいち、
思い出した時でもいいから、
伝えるようにしたら、
なんか調子いい。
 
男と女は、
体の構造が違うとか、
脳が違うとか、
まあ、そうだと思うし、
 
誰かも書いていた。
 
パートナーが、
どうしてほしいのか、
どういうことをすると嬉しいのかっていうのは、
信じられないほど、
基本的にはわからない。
 
なので、
それをちゃんと教えてあげるとハッピーなんだよ、って。
 
やっぱりそうなのかー、
うちだけじゃなかったのかー、と納得。
 
そのくらい分かるだろー、
察してくれよー、
ってことほど、
どうやらわからないらしいし、
 
そういうオーラを出したところで、
ぜんぜん伝わっていない。。。
 
ってことに、
わたしは、2年か、3年前に、
うすうす気付いてきた。
 
ありがとう、とか、うれしい、とか、
ってことを、
特に家族に伝える習慣なんて、
わたしにはなかったし、
 
そんなのは、
改まってしか言えないような気がしてたから、
慣れるのにちょっと時間がかかってしまったけど。
 
不快なこととか、
イヤだったことや、
苦情をちゃんと伝えるのも大切、
かもしれないけど、
 
自分に待ったをかけられず、
そうしてしまうこともあるけど、
 
実は、そっちのほうは、
ホントはどうでもいいような気もしてきた。
 
ありがとう、とか、うれしかったよ、って、
その場で、とか、
後になってからでも、
ちゃんと言えるようになったんだったら、
おばちゃん、万歳。
気は若くありたいですが。
 
年を重ねるって、
こんなにおもしろいとは思わなかった。
 
まだまだ知らない感覚や世界が、
近くにもいっぱいあるんだなー。
 
いつも、
小さいありがとうを、
子どものようにいっぱい伝えてくる夫とか、
 
電話やメールで、
感謝の気持ちや、
うれしかった体験を、
きちんと伝えてくれる、
お客さんや、友達たちが、
実は先生だったことに、しみじみ。
 
今日は、晴れててりんごが美味しい。
 
夜は、丸焼きパーティーだー。
わーい。

 

母の願い。

うちの3歳児は、眠りながらよく笑う。.

爆笑してる時もある。

今朝方もケタケタと笑っていた。

 

寝てる時まで楽しいのか。

なんて幸せな人なんだー。

って、
うらやましくまり、
すっごーく嬉しい気持ちになる。

 

安心して眠れるっていいよなー。

 

そういう環境を作ってあげられている、
んだとしたら、
そのことが私にとって本当に心が安らぐ。

 

わたしが子どものころは、
父と母や、嫁姑で、
ケンカがしょっちゅうで、
こどもにもよく飛び火してきてたからなー。
(いい人たちなんだけどね、いろいろあるよね)
どこかでいつも緊張してたもん。

 

だから余計。

 

幼稚園の先生たちから、

「この子は、明るいですよね」

「ひょうきんなところがありますよね」

 

なんて言われた時も、
ものすごーくびっくりした。

 

で、
すごーくすごーく!嬉しかった。

 

へぇ!
この人、ひょうきんで明るいんだ!

知らなかったー!

 

うちは子どもひとりだし、
明るいのか暗いのか、比べようがないし、
こういうもんだと思ってたから。

 

わたしの子どもが明るい!

 

うちに明るい子どもがいる!

 

めちゃくちゃうれしい!

 

夫のことは尊敬してるし好きだけど、
そりゃあ、ケンカもするし、
雰囲気悪ーい食卓になってしまうことだってある。

 

それなのにー。

 

わたしが明るい子育てをしてる、
とは思えないから、

この子が、
自分で持って生まれたものだと思うけど、

 

それがどうか、

このまま、スクスクと育ちますように。

 

その明るさだって、
人生のどこかでは、
影ってしまうような時だってあるはず。

 

だから、
それまでは、

わたしたちと家にいてくれる間は、
この明るさが、
無邪気にのびのびと育つように、

 

そんなところくらいは守ってあげられる
親であれますように。

 

私の親だって、
きっと、余裕のあるときは、
そんなこと思ったりしたてんだろーな。

 

わたしが今、
まあ幸せだから、

私の親のあんな必死な子育てだって、
大正解だった、ってことなんだ、と、
今は思ったりします。

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スマートメーターと一通のメール。

ずいぶん前。
長野の親友から、
スマートメーターについて相談を受けていた。
 
そして驚きの返事をもらって、涙ぐんだのはこっちでした。
 
「森には、虫も動物も住んでるから。」
 
***
 
相談の内容は、
スマートメーターがつけられるという通知が来て、
電話で、中部電力と話をしても、
直接、家にやってきた担当者と何度、話をしても、
 
安全です。
古い形の機械はもうありません。
基準値内ですから。
 
の一点張りとのことで、
どうしたものか、と。
 
グリーンコープも生活クラブも、各生協が
自社電力をはじめています。
 
そちらに切り替える際、
チェック項目はあるものの、
それがどういうことか知らないで、
スマートメーターに切り替わってしまうことが多い。
うちもそうでした。
 
スマートメーターの電磁波は、
なぜかその数値が出ずらいのだけれど、
その影響は、
もの言わない体がちゃんと教えてくれています。
 
私の周りでも、敏感な人たち何人かから、
体の不調をこんなふうに感じた、と、
あれこれ聞きます。
 
感じなくても影響はしっかりあるわけで、
うちの整体に来られるお客様たちには、
旧式のメーターに変えてもらうか、
アナログ式に切り替えてもらうか、
をおススメしています。
 
でも。
なかなかすんなりいかない場合も多い。
 
電力会社の対応には、
(悪い人たちじゃないのは知ってるけれど)
毎回、ついため息が出てしまう。
 
その友達への、夫からの答えは、
そこまでやってダメなら、まあ。
 
「家のどこにメーターがつくの?
 半径5m以上離れてさえいれば、
 体への影響は少ないよ。」
ということ。
 
彼女から帰ってきた驚きの返事は。
 
「うちじゃなくて、
 すぐ近くにある神社の敷地なんだよね。」
 
自分ちじゃない?
わたしも知ってる、
ひと気のない、あのとっても小さい神社?
それに、そこまで頑張ってたの?
 
「でも、できるところまでやってみるよ。
 神社の森には、虫も鳥も動物も住んでるから。」
 
・・・・・。
 
泣きそうになってしまった。
 
そうなんだよ。
この人は。
なにかに対して文句を言ったりしないで、
(言ってもなんかこうサッパリしてて)
こういうことを淡々とやる。
 
もちろん、家族や友達の応援もあるんだろうけど、
サラリと行動するんだ。
 
だから、わたしは、
彼女の(農家をしてる)野菜が大好きだし、
彼女の、ときには厳しいけれど、
愛情たっぷりすぎるくらいの子育てを
いつもどこかで見習っている。
 
あれからずいぶん経って。
今日、メールが来て、
ブログもアップされていた。
 
了解を経て、コピー。↓
実績を作ったね。
カッコいい。
わたしのジマンの友達。
あー、よかった。
 
*****************************
 
スマートメーターその後。
昨日、中部電力から電話がかかってきた。
身構える私。
そうしたら
「以前のままの機械を手配できましたので、そちらに交換させて頂きます」とのこと。
こういうことで自分の希望が通ったことってほとんどなかったから腰が抜けるほどびっくりした。

えー!こんなことってあるんだな。
「色々言ってしまってお手数おかけしました」と言ったら
「いえいえとんでもありません」とのこと。
 
従来のメーターはもう生産していないし、リサイクルはしない方針でやっている、っていう前回の説明だったけれどね、って思ったけれど、それでもやっぱりほっとしたし嬉しい。
 
世間のいつの間にか進んでいく物事に声をあげるのって結構くたびれるものだけど、でもきちんと伝えて、とりあえずそれを中部電力の人もくんでくれて良かったな。
 
でもいくら国の方針でも健康などに不安のある人のために、選択肢はこれからも残していってほしいと思うのです。
次の交換時期がきたらいつの間にかスマートメーターになっているのかも知れないけれど、とりあえずしばらくは今のまま。
 
きっと森の虫や鳥や動物も、ほっとしているに違いない!

適切に人を嫌いになる!?

暮らしの手帖が好きで、待合室にそろえています。
 
なかなかゆっくり読めないんだけど、
夫にちょっとムッとしたときになど、
家事をしばし、ぜんぶ放棄して、
別の部屋にこもって、暮らしの手帖をパラパラ。
 
米粉のりんごのレシピとか、
職人さんのお話とか、編み物の話とか、
毎号、どれも読みごたえがあって、すごく好きな雑誌。
 
うちの母も好きで、私が子どものころから
よく家にあったのを覚えてる。
 
今回。
荻上チキ、という人の文章がちょっと面白かった。
 
みんなが理想の美しい世界を求めてる中で、
しかも、暮らしの手帖なのに、すごいことを書いていた。
 
*
 
みんな、生きていく中で、
いろんな呪いの言葉をかけられたりしています。
 
それを確認して、背中からひとつひとつ
自分で降ろしていかなければいけない。
 
その手段は、
友達とおしゃべりするでもいいし、
カウンセリングを受けるでもいいし、
宗教でもなんでもいいんだ、
というようなこと。
 
それから、これ。
 
『自分を守るためには、
 適切に人を嫌いにならなければいけない。』
 
と書いてあった。
 
ただ、
気を付けなければいけないのは、
その人を単体で嫌いになればいいんであって、
その人の属するもの、
例えば、
女だから、
〇〇の会社だから、
〇〇出身だから、
とか、
そういうことまで嫌いになる必要はないし、
 
あと、
自分が嫌いだからといって、
他の人にまで、その人のことを悪く言ったりして、
嫌いになるように仕向けたりすることも、
社会の崩壊につながるので良くない。
 
あの人を嫌い、ということを、
人と共有できると、
ホッとしたり、連帯感に安心したりするけれども、
それもキケン。
 
結局、
恨みというのは、
自分にも帰ってくるものなんだから。
なんてことが書いてあった。
 
すごいなー。
荻上さん自身の暗い過去を、引き合いに出したりして、
ちょっと暗いけど、読みようによっては痛快で、
なんだかちょっとおもしろかった。
 
その記事の上に、
ヨシタケシンスケさんの、
あの、力の抜けた挿し絵があって、
「嫌いな人の耳に、水が入りますように。
 その水がトントンしても出てきませんように。」
と書いてあって笑ってしまった。
 
もちろんもちろん。
もちろん。
 
たぶん、
本当の本当は、
誰のことも嫌いになる必要はなくて、
すべての人が愛おしい存在で、
どんな人に対しても、
どれだけ感謝してもしたりないくらい、なんだと思う。
 
広く高くから、この世界を見下ろせば、
すべての人が、自分の応援団で、
ひどいことをするように感じた人だって、
あの世で再会してみれば、
自分の人生を豊かにしてくれるための、
名役者でした!
憎まれ役お疲れ様!
なんてこともあるのかも。
 
なんだけど、
どれだけ分かったと思ったって、
どれだけ悟ったような気がしても、
ちゃーんと、
ハイ次ね、って、
ちゃんとまたなにかが用意されていて、
そのひとつひとつが、
後になってみれば、
そのとき大変だったとしても、
楽しくて、美しくて、愛おしくって、
どうしようもなくおもしろい。
 
そんな人生・・・
わたしだけじゃない、よね?
 
なにかあったときに、
前向きな感情だけじゃなく、
自分にどうしようもなく沸き起こってくる怒りとか、
悲しいとか、
不満だとか、
不快だとか、
そういうのを抑えて抑えて、
コントロールして、
最初からなかったみたいにして、
感謝とか、
学びとか、
愛とか、
そういうキレイそうなもので隠してしまうと、
 
置いてけぼりになった体は、
ちゃんと訴えてくれる。
 
コントロールできなさすぎるのも、
それもまた大変なことだけど、
上手すぎてもきっと同じ。
 
うちの整体院に来てくださる方たちの体が、
そんなことを日々、教えてくれます。
 
家族だから、とか、
障害があるから、とか、
自分が悪かったから、とかとか。
 
そうなんだけど、
しんどいー!!!って、
言ったっていいんですよ。
と、
夫がお話しすると、涙を流される。
 
私自身はといえば、
自分のことは、棚に上げて偉そうに書いてるなぁ。
 
んー。
いや、それだけでもなくて、
ずいぶんまえから散々やってきた。
まだ足んないけど。
どっかに行ってしまった、
あのときの自分のホントの感情を、
苦労して探して、
掘り出して、
ちゃんと見てあげて、
しまい直してあげるような作業。
 
今も、
夫とはそんなことの繰り返しかも。
いつまでたっても終わらないけれど。
 
楽しいことや
ワクワクするようなことや、
大変なことや、
絶体絶命!なことを経験して、
それを感謝に変えていく、ことができたら、

それは本当に大きな学びだけど、
いい気分だけじゃない、
いいときだけじゃない、
むしろ逆のときの、
自分の体の反応とか、
正直言って、どう感じたのか、とか、
それを味わうことも、
ものすごーく大事な、
体っていうもののある、
この世でしか体験できない学びなんだろうな、と思う。
(↑自分に言っている)
 
それを味わって、味わって、
ちゃんと体を使って声に出して、
叫び続けたら、
いつかは気が済んで、
あれ、そんな大したことだっけ?
みたいになって、
許すも許さないもどっちでもよくなって、
結局ぜんぶ、
あのときはありがとう、しかない、
みたいになっていくのかなぁ。
 
なかなかできないこともあるけど。
 
わたしが、
夫に腹が立ってしょうがない時、
面と向かってはどうしても言えない。
それは子どものころからの癖。
自分の気持ちを、正直に感じたり伝える、
ってことがなかなか許されなかった環境とか、
そういうのかなぁ。
 
だから、
怒鳴り合い、ってホントにできないし、
そういう場面も、超苦手。
それに感情的に言ったってお互いの火に油を注ぐだけ。
なので、
言いたいことを、ドカンと書く!
メールでも手紙でも。
思いつけば、感謝の気持ちもついでに書く。
 
夫も私も、
圧倒的に、文字で理解しやすいタイプの
1種体癖(整体用語です)だし。
書き残してわたしは、
好きなことをしに旅立ちます。(主に日帰り)
そうすると、
ホーントにすっきりするし、
夫が普段伝えていることの意味を痛感するし、
感謝の気持ちも、自然にたくさんわいてくる。
 
そういえば。
 
自然界にだって、
雨や、雷もあれば、
地震もくるし、
台風もある。
雷は、お米を美味しくしてくれるらしいし、
台風がいろんなものを掃除してくれるから、
 そのあとが美しいんだし。
 
夫婦の仲にも、
子育ての中にも、
たまにはそんな強い刺激もあって
そのあとに虹が出たりして、
どっちもあって
自然なことなんだろうと思う。
 
っていうか、
そういうのが、
私が好みってことなのかな。
 
あー、またちょっと書き過ぎたー。
 
今朝は、雨の合間に虹を見たよ。
今日はいい夫婦の日、らしいので。
コトコト煮物でもしています。
 
仲良くしときます。